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秋田地方裁判所 昭和33年(ワ)233号 判決

判  決

秋田県大館市新地五六番地

原告

芳川徳治

県北秋田郡合川町字田の沢一三番地

原告

福岡善次郎

右原告両名訴訟代理人弁護士

金崎益枝

内藤庸男

古沢斐

県大館市字片町七番地

被告

秋北バス株式会社

右代表者代表取締役

高橋与吉郎

右訴訟代理人弁護士

中村嘉七

浜辺信義

右当事者間の就業規則の改正無効確認請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告らと被告の間に雇傭関係が存在することを確認する。

原告らのその余の訴を却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人らは「被告が昭和三二年四月一日付でした就業規則第五七条の変更は原告らに対し効力が及ばないことを確認する。原告らと被告の間に雇傭関係が存在することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人らは「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの連帯負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は別紙記載のとおりである。

証拠(省略)

理由

一  本件就業規則第五七条の変更が原告らに効力が及ばない旨の確認を求める請求について

確認の訴の対象となるのは、いうまでもなく具体的な権利関係であつて、就業規則の変更が特定の個人に適用されるか否かということは、その特定個人と使用者との間の具体的権利関係を発生させる一の法律事実に過ぎないのであるから、確認の訴の対象とはなり得ない。換言すれば、本訴においては原告と被告らの間の雇傭関係の存在確認を求めれば充分なのであつて、それ以上に就業規則中の特定条項の適用範囲の確認を求める利益はない。従つて原告らの訴中の右の部分は不適法であるから却下すべきである。

二  そこで、次に雇傭関係存在確認の請求について判断する。

(い)  被告会社は昭和一九年一月一七日「秋北乗合自動車株式会社」として設立され、同二九年三月二六日現商号に変更したこと、原告芳川は同二〇年九月被告会社に入社し、原告福岡は同二一年四月被告会社に入社したこと、被告会社は同三二年四月一日就業規則(同三〇年七月二一日施行のもの、以下「旧就業規則」と略称する)第五七条に「従業員は満五〇才を以つて停年とする。停年に達したる者は辞令をもつて解職する。」とあつたのを「従業員は満五〇才を以つて停年とする。主任以上の職にあるものは、満五五才を以つて停年とする。停年に達したるものは退職とする。」と変更したこと及び被告会社が原告らに対し同三二年四月二五日すでに満五五才の停年に達していることを理由として同年五月二五日付で退職を命ずる旨解雇の通知をしたことは当事者間に争いがない。

(ろ)  そこで、右変更させた就業規則第五七条の主任以上五五才停年の規定が原告らに適用されるか否かを判断する前提として旧就業規則第五七条の五〇才停年の規定が原告らに適用されていたかどうかを考えるに、成立に争いない甲第二号証、同第一〇号証(労働契約)によれば、右五〇才停年制は昭和二六年九月二五日に施行された労働協約により定められたものが、就業規則に取り入れられたものであつて、右協約は組合員のみ適用され(協約第四条)、且つ営業所長、営業所主任、部長及び課長は組合員でないこと(協約第二条)が明らかであり、且つ原告ら本人尋問の結果によれば、原告らは右旧就業規則施行当時すでに五〇才に達しており、右施行後も主任以上の者に対して五〇才停年を適用した事例がないことが認められ、しかも原告らが委託分散経営の統合の際入社して以来、引続き主任以上の待遇を与えられていたことは当事者間に争いがないのであるから、これらの事実を総合すると、旧就業規則第五七条の五〇才停年制は原告らに適用されていなかつたものと認めるが相当であつて、証人(省略)の証言中右認定に反する部分は採用できない。そうすると右第五七条の変更により「主任以上五五才停年」と定めたことは、停年制のなかつた者に対して、新たに停年制を定めたことになる。

ところで停年制は、労働者が停年に達することによつて(自動的にしろあるいは解雇によるにしろ)雇傭関係の消滅をもたらすものであるから、新たに停年制を設けることは既存の労働契約に年齢的制限を加えるという意味において、労働者にとつて不利益な変更を意味する。もちろん解雇の自由が存在する限り、使用者は何時でも一方的意思表示により労働契約を終了させることができるのであつて、それは定年制(身分保障の意味を持たない)が有つても無くても同じことであるが、一面において停年制なき労働者は、年齢にかかわりなく働けるという可能性を有する。停年制の設定は、労働者から一率且つ無差別にこの可能性を奪うという点において労働者にとつて不利益であり、しかもその不利益の度合は、権利濫用の法理により解雇の自由が次第に制限される趨勢により強められるというべきである。

そして、就業規則は、使用者が一方的に制定変更し得るものであるが、その変更が既存の労働契約と対比して労働者にとつて不利益な場合には、その同意なくして労働契約の内容を変更し得るものではない。そして、原告らが前記定年制の設定に同意したことを認むべき証拠はないのであるから、前記変更された定年制の規定は原告らに適用なきことは明らかである。従つて、定年に達したことを理由として原告らを解雇することはできない。

(は)  そこで、次に前記解雇が通常の予告解雇として効力を有するか否かを考える。

成立に争いない甲第二号証によれば、本件解雇当時の就業規則第五五条が「従業員が左の各号の一に該当する時はこれを降任し又は解雇する事がある。一、停年に達した時。二、本人の希望による時。三、勤務成績著しく悪くかいしゆうの見込がないと認めた時。四、無断欠勤七日以上に及ぶ時。五、刑事々件に関し有罪の確定判決を受けた時。六、已むを得ない事業上の都合によるとき。」と規定していることが認められる。そして右条項のうち「一停年に達した時」が原告らに適用されないことは前記のとおりであるが、その他の部分は原告らにも適用されると解すべきである。何故ならば、原告ら各本人尋問の結果によれば、原告らは被告会社に入社するに際し労働契約中に解雇事由を制限する旨の約定をしなかつたことが明らかであるところ、右就業規則の解雇事由制限の条項(定年制を除く)は、使用者の解雇権の行使を制限するという意味において、原告らと被告の間の既存の労働契約におけるより有利な労働条件であるために、労働基準法第九三条により、自動的に労働契約中に取り入れられるからである。そして、原告らが右解雇事由中定年以外の条項に該当したものと認むべき証拠はないのであるから、前記解雇は、右解雇事由の条項に違反する。従つて、それは通常の予告解雇としての効力も有しない。

(に)  右に述べた理由により原告らに対する本件解雇はいずれの意味においても無効であり、従つて原告らと被告の間の雇傭関係は存続するところ、被告会社がこれを争つているので、その存在確認を求める原告らの本訴請求はいずれも正当である。

三、以上より原告らの本訴請求の内、就業規則第五七条の変更が原告らに効力が及ばない旨の確認を求める部分の訴は不適法な訴であるので却下し、雇傭関係の存在確認を求める部分の請求はいずれもその理由があるので認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

秋田地方裁判所民事部

裁判長裁判官 渡 辺   均

裁判官 高 木   実

裁判官浜秀和は転任につき署名押印することができない。

裁判長裁判官 渡 辺   均

(原告の請求原因)(請求原因に対する答弁)<省略>

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